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あいにくの雨模様、さらに宵夜当日未明と早朝の宮城県での大地震で、私の参加が危ぶまれましたが、なんとか参加することができました。数日前の我家で別当を務めます愛宕堂の宵宮にて大沢不動尊の宵夜には皆より一足先に別当さんと共に早く行ってくれないか、と福泉寺住職さんとも話がついておりましたがなんとか予定通り午後3時、福泉寺第3代住職正全師、副住職、はやちね食堂ご主人、別当さん、そして私の長男、私の6人が先発隊となり、宵夜の準備にあたりました。 今は牧道(全面舗装)が整備され鳥居の位置までは自家用車でも簡単に行ける利便がございますが以前は徒歩で向かい直線距離にして5キロ位ですが山林地帯の獣道的な道だったためゆうに2時間近くはかかっておりました。 画像・・・お堂入り口の鳥居 |
| 画像はお堂に到着したところ 鳥居の位置からお堂までは約300メートル、当日の朝から別当さんが訪れて登り口の整備や道の草刈と下準備をしていてくれましたが、それでもけっこう足に堪える登りではあります。 お堂は平成7年に台風で大木の枝が折れ屋根に落下、そのため屋根が大破、さらに鉄砲水にて周囲も流されたため、地元民からの寄付をもって新築されたものです。 お堂の東側には大沢の滝があります。 |
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画像は大沢の滝・・・高さ約5メートル まずは手分けをしてお堂の掃除、焚火と手際よくこなしている間に正全師は大沢の滝にて全裸にて身体を清め(福泉寺歴代の住職はこの滝で身体を清め断食修行する)18禁画像となりますので、修行風景は撮影しませんでした・・・? |
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焚火の火も安定し、住職の滝での清めも終了した頃、お参りの第一班が到着し、先発隊はここで一休みしております。 只今到着の第一班は我々の夕食、酒類といった食料を持参しまして、ご祈祷後の宴席が楽しみでもあります。 |
| お堂の中の様子 中は10畳程の広さ、夜はこのお堂の中に数人が泊り込む予定となっていましたが、この晩、泊ったのは3名ということです。 以前は男達10名程が泊ったこともあったそうで、私も小学生の頃、一度、さらに社会人となってから2度ほど泊っておりますが、なかなか眠れなかったことが思い出されます。真夏でも山間地帯の最深部ということで、けっこう冷え込みがあったり、虫が多かったり、寝返りも打てないほど密着しての混み様もあってなかなか眠れず翌日は少し体力的に厳しいと感じたこともあり、最近は夜9時には下山としております。 |
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午後6時、ご祈祷の定刻となるとお参りの第二班も到着、この時、総勢13名、ほとんどは福泉寺の信徒さんの女性の皆様で、しかも遠野市外からの参加者でした。例年は地元の方々も続々と暫時集まるのですが、雨模様と伝承行事に参加する家々も代替わりとなり諸先輩方も高齢となり自然と足が遠のく傾向にあるようです。 |
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約30分程度のご祈祷も終了、陽もだいぶ暮れていよいよ持ち寄った手料理にて宴席がはじまりました。 電気のない山奥ですから、灯りは蝋燭の火のみ、蝋燭は全部で6本ほど各所に配されましたが、けっこう思ったよりは明るいものだと思いました。 昔の人はこんな中、夜を過ごしていたんだなと思わず考えてしまいました。 その後、仕事を終えた地元の方々2名ほどが加わりましたが、それでも総勢15名、年々参加者は減る傾向かもしれません。 夜、8時30分、福泉寺住職さんと別当さん、後から参加の2名、計4名を残して全員、下山の運びとなりました。 翌日は昼から福泉寺にて御神酒上げが行われ、こちらは別当家縁戚や地元の方々多数が参加しておりました。 |
