| 大楢館 |
遠野市土淵町の館跡

| 舘(城)名 | 大楢館(おおならたて) 別名 鐘衝場 |
| 所在地 | 岩手県遠野市土淵町栃内 標高370m・比高70m |
| 現存遺溝 | 山城 空堀 腰郭 |
| 関連諸氏・人物 | 不明 |
| 築年代・使用年代 | 室町時代〜戦国時代? |
| その他 | 角城館の出城説有 |
| 舘熟知度 V | 舘規模 C | 遺溝保存状況 B | 難易度 V | その他 |
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| 主郭(山頂)北西側の段差 | 主郭背部(北)の堀切 |
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| 北側の堀切 | 同左・・・北西側 |
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| 堀切 | 山頂平場(主郭) |
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| 南側の帯郭 | 同左、北側の斜面(主郭下) |
| 館の概要等 |
| 遠野市土淵町栃内地内、大楢集落北東の山野に位置し、東側は急斜面となっており小烏瀬側が流れている。 小烏瀬川は館の東部分の堀の役目も果たしていたと思われる。 館跡はこじんまりとまとまっており、北の山野との区切りに堀切一重、南側の斜面には5段の帯郭を配している。 地元の言い伝えでは、その昔、鐘衝場があったといわれるが、何時の時代の話なのかは不明、北へ約5百メートルの山野には当地方でも大規模な館跡、角城館があり、角城館の出城説、見張台説も語られるも詳細は不明である。 角城館も含み、小烏瀬川西側山野には北から栃内館、角城館、大楢館、本宿館、八幡館と間隔よく配置されているが、それぞれ使われた年代の違いも考えられ、その関係についても不明である。 |

