鱒沢館と鱒沢氏
舘と舘主、その光と影・・・諸氏の栄枯盛衰
舘熟知度 W 舘規模 B 遺溝保存状況 A 難易度 V   その他
  舘(城)名 鱒沢館(増沢館)ますざわたて   
  所在地 岩手県遠野市宮守町上鱒沢上町 (長泉寺裏)  比高110m
  現存遺溝 山城  空堀  土塁  腰郭  丘陵7段 
関連諸氏・人物 鱒沢守綱  鱒沢広勝・・鱒沢氏5代
築年代・使用年代 室町時代〜慶長年間
  その他 猿ヶ石川流域最大級の山城(約1万平方m)
鱒沢館
攻  城  記
2003年4月
 東京都在住の稲用さんを迎えての初の遠野郷館めぐりを控えて、地元としてある程度の館跡は調査しなければと思い、まずは宮守地区の城館跡を一回りした。
 ここ鱒沢館は長泉寺裏ということで、わかりやすく、しかも案内板まで親切に設置してあって非常に助かりました。
 山の遠景と寺前の案内板を撮影して、来るべく本番に備える。

2003年5月1日
 サイトリンクいただいております稲用さんを宮守駅にてお迎え、初対面でありましたが、普段よりメール、掲示板で連絡をとりあってましたので違和感なく接することができました。
 思っていた以上に若い方でびっくりした記憶が蘇ります。
 
 まずは達曽部館、神成舘、平清水館、新谷館、昼食後、午後一番は鱒沢館をご案内となりました。
 さて、現地では案内板をまずは見学、寺の裏側に館があるという説明をいたしましたが、「ちょっと登ってみますか」の声、・・・思わず私は絶句するも、わかりましたとばかり、寺の裏側から強行突入、ほぼ真っ直ぐに山を登るといった暴挙に出たのでした。
 ここだけの話、城めぐりは今まで経験がなく、案内板に書かれている遺構の数々もそれほど凄いものではないと考えておりました。

 とにかく登る、そんな思いで約5分くらいか、稲用さんは空堀と言ってましたが、上から下る溝に遭遇、達曽部館でも思いましたが、これは山仕事での馬そりが通る道でしょう・・と内心思っておりました。
 一段高い内側にももう一本発見、あとは頂上の平場にたどり着くだけ、頂部には館神様が祀られているとか、ここまで来たら館神様を確認してから下山と思い、必死に探すもなかなか見つからない、私は稲用さんより一段低い場所を彷徨っていたに過ぎないと気づくと稲用さんが館神さんを発見、早速呼ばれた場所に行って確認すると中が空だ・・・神様がいない・・・そんなことを思っていると稲用さんの声・・「これはっ・・」随分と興奮した声、早速またまた声のした方に行きますと、そこには入り組み複雑な溝の数々・・・「来た甲斐がありました」と稲用さん・・・。
 私もここに来て初めてなんともいえない興奮に見舞われました。二重、三重に入り組み、高さ、深さ、広さ・・・これを人間が手作業で掘ったのかと想像すると見事という他はない、途中の溝はやはり空堀でここから下っている。
 はじめて城館というものの凄さを鱒沢館で教えられた思いでもありました。

 2003年5月4日

 興奮覚めやらない鱒沢館、実は稲用さんとの探訪ではカメラを車に置いての探訪、失敗したと気づくも後の祭り・・・早速、好天にも恵まれたこともあって再度単独にて登城。
 今度は寺裏からの攻めるのではなく、後日、研究した結果、南東側に神社があるのに気づき、ここから登り始める。
 前回の分の画像を収録して無事下山となりました。

 2005年5月1日

 睦月庵さんを迎えての春の陣、鱒沢館は絶対に外せないということでご案内。
 今回も顔見知りの方のお宅前に車を置かせていただき、神社側から登城。
 今回はじっくりと確認するように探訪、7段からなる平場、背面の堀底も実際に降りて確認、さらに南側下部の状況も確認し、ほぼその全容を掴んだ探訪となりました。
 睦月庵さんも、以前の秋の陣でも感じていたことと思いますが、背面で入り組む二重、三重の堀、まさしく遠野規格であり、これほどの山城は滅多に見られるものではないと感嘆されておりました。
城館跡及び近在の歴史

 鱒沢殿と呼ばれ、本家である遠野阿曽沼家に次ぐ威勢を誇ったとされる鱒沢氏、その居舘の鱒沢館は猿ヶ石川流域では最大級の規模を誇る山城と評されております。

 東西は空堀で囲まれ、前面は7段から丘陵が頂部まで展開され、最下部には東西から下る空堀が駆け下っております。さらに下部の中央は段状となっており、途中から急傾斜地となっております。
 
 背面は隣接の峰を三重の堀で断ち切り、複雑に入り組んで゚おります。
 深さ、広さ共に往時を偲ぶには十分な残存度でもあります。

 鱒沢氏の歴史については次頁にて考察いたします。
下部東側の段状の形状 下部西側の段状の形状
中央部分の平場(段状) 西側部分の空堀
背面(北)の空堀 東側の空堀
背面二重目の土塁、空堀
頂部館神様
背面三重目の空堀
日本城郭大系2
南部諸城の研究
宮守村史
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