松崎町駒木
法門山福泉寺

下駒木 福泉寺バス停
定期観光バスコース
無料大駐車場有
大正元年開山、真言宗豊山派寺院。
春の桜、躑躅、秋の紅葉と四季折々の景色が美しい寺院である。
高さ17メートル、木彫観音では日本一の福徳十一面観音像、遠野唯一の五重塔等、見所が沢山あり。
本編コンテンツ「福泉寺」参照のこと。
休城山西教寺

海上  海上バス停より徒歩2分
浄土真宗大谷派寺院で開基は元亀年間以前と伝えられるが火災等で記録類は焼失、古刹としての由縁は知ることはできない。
光明本といわれる親鸞聖人真筆と伝わる掛軸が代々伝えられている。
コンテンツ遠野阿曽沼氏「阿曽沼氏時代開基の寺」の頁に同内容掲載。
蒼前神社

上駒木 駒木バス停より徒歩10分
遠野馬の里付近
創始は不明とされ、その由来は二つの説が伝えられている。
ひとつは前九年合戦にて安倍軍を追って遠野入りした源義家がこの近辺にて狩を行ったが愛馬が足を折り、社を建てて祀ったとの説。
もうひとつは、近在の長者の愛馬がこの地で足を折って斃れたので祀ったとの説。

駒木(こまぎ)という馬関連にちなんだ名にふさわしい神社といえる。
八幡神社

海上 海上バス停より徒歩3分
地元では八幡沢、八幡座とよばれる高台に位置している。
創建は不明であるが、阿曽沼時代、当時駒木地域を領有していた菊池豊前(駒木氏天正年間)が創建という説が一般的であるが、前九年合戦での八幡太郎義家伝説が今なお語られる地でもある。
   名称・場所       由来・説明            画    像
遠野市松崎町の史跡・名勝・・
寺 社
福泉寺大観音堂
伝説関連
母也明神
母成堂

矢崎 矢崎バス停より徒歩5分
矢崎地域に伝えられる伝説縁の地。

遠野物語拾遺28話

母也堂近辺には巫女塚もある。

伝説については下記説明画像及びコンテンツ「伝説」に記載有。
石碑・墓石
駒木石碑
(妻の神石碑)

上駒木 駒木バス停交差点
北は早池峰山への参道、東は土淵町を経て三陸海岸方面、東北は下閉伊郡川井村小国へ通じる分岐点でもあり、追分地点に賽の神を祀り厄除けの意味合いもあると思われる。地元では供養石と呼ばれている。
石碑の古いものは文政元年(1818)、大方は明治になってから建立されたものが多く、信仰講と記念の碑が交じり合っている。県道の拡張工事により一箇所に集められたものであるが以前はさらに数も多かったとされている。
角助の墓

海上  福泉寺バス停或いは海上バス停から徒歩10分
角助屋敷跡・・・駒木字中野
遠野南部家時代の元禄〜正徳年間に京都からの帰途、遠州掛川の鹿踊りを習い覚え、当地方に伝え、遠野郷に伝わる鹿踊りの元祖といわれている。
駒木しし踊りについてはコンテンツ「民俗・郷土芸能」に掲載有。

角助屋敷と呼ばれる中野には明治時代まで集落が形成されていたといわれ火災等で家屋が焼失、住民達は海上集落へ移り住んだとされる。
遺跡・舘跡
坂ノ上遺跡

小田沢 小田沢バス停より徒歩5分
松崎町の北端で附馬牛町との境である小田沢集落内の農地にて多数の鏃、古銭が出土、坂ノ上遺跡と名づけられる。(昭和61年)
古銭は中国製のもので、開元通宝(621年)が最も古く新しいものでは宣和通宝(1119年)最も多いものは煕寧元宝(1069年)であった。
平泉の藤原氏が滅亡、阿曽沼氏が遠野を拝領し代官宇夫方氏入部以前の貨幣でもあり、当時この地に富裕の豪族がいたものか、浪漫をかきたてられることでもある
舘跡

駒木舘・八幡舘・阿曽沼館
トップの松崎町の舘跡を参照願います。

他に駒木地域では矢崎舘、小田沢舘があったと伝えられますが、現在確認中。