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8月12日、残暑厳しい晴天の中、今年も駒木地区の旧家、屋号「判四郎どん」が別当を務める大沢不動尊の宵宮が執り行われ、午後3時、福泉寺住職、副住職、はやちね食堂ご主人、そして私、私の長男(中一)の5名が先発隊となり、お堂の掃除、焚火、宵宮全般の準備のため出発。 別当さんも例年は一緒に行くのですが仕事の都合で第二陣として夕方来ることになりましたが、それでも別当さんは当日の早朝に現地に赴き登山道の下草刈りや整備をしたようです。 画像は、大沢不動尊堂入口の鳥居 |
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先発隊、到着。午後3時30分頃・・・ お堂は、鳥居より上方、約200mの距離にございます。 画像は、先頭を行く福泉寺副住職 |
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先発隊5名、無事お堂に到着。 最後尾は私でして、先頭の方々に遅れること約5分・・・実はこの夏に股間節を痛め、ようやく治ったところでしたが、それでもまだ違和感もあり、ゆっくりと登って来たしだいです。 お堂の東側、画像の右側には、歴代福泉寺住職の修練の場となっている大沢の滝がございます。この日も住職は全裸にて滝に打たれ身を清めておりました。 画像は、一年ぶりに開け放たれたお堂と焚火の準備をはじめる先発隊 |
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焚火の準備は、はやちね食堂のご主人と私、お堂の掃除は副住職と私の長男と分担に各々分かれて準備に入りました。お堂には住職、別当さんが泊り込む予定でもあり、焚火は翌朝まで燃やす分を準備、さらに本日のご馳走は手っ取り早い串焼き風を食堂のご主人が準備し別場所にも簡易的な焼場を設営、私はまずは今夜の飲物類、自分の分と後発隊でくる家族の飲物を裏の沢水にて冷やしました。 画像は、沢水に浸かる某メーカーの缶ビール等・・沢水は冷たく、そのままでも飲むことができます。 |
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お堂の掃除もひと段落、住職さんは大沢の滝にて身を清めている最中、我々は別場所の焼場設営、本筋の焚火の調整と夜に備えて余念がない。 |
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午後5時40分、後発隊7名が到着。ビール等の飲物さらに充実、またおにぎりやつまみ類といった主たる食物が加わり、仮にこの山奥で遭難してもなんとか数日は生き延びることができそうでもある。 画像は、第二陣到着の様子。 |
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試しに焼いた串焼き・・・・イカ、肉と夏野菜、秋刀魚と夏野菜・・と組み合わせも色々、試しということで読経前に先発隊で味見をいたしました。 |
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午後6時、別当さんも到着。例年の通り定刻に宵宮のはじまりである。福泉寺住職による読経により皆手を合わせる。 この時点で総勢13名。 |
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20分程度の読経も終了。いよいよお神酒をまわし、持ち寄った料理と共に串焼き各種も振舞われビール片手に心地よい時間を過ごしました。 6時30分を過ぎますと、地元出身の方々、8名(子供含み)さらに地元の方、1名も加わり今年は総勢22名、ここ数年では賑やかな宵宮となりました。民謡を趣味とする方々もおり三味線が山奥に響きわたり民謡の数々が披露され、ローカル色の強い宵宮ではございますが、今年はお祭りといった感じの賑やかな内容でもありました。 午後8時、いつもの年より少し早いのですが福泉寺住職さん、別当さんを残し全員山を下り宵宮は終了となりました。画像は花火に興じる子供達 |
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画像はお堂西側の様子・・・うっそうとした林です。 今年は例年になくけっこう参加者がありましたが、地元からの参加者は年々減る傾向なようです。特に子供達の参加が少なく、昔はアウトドア的な事柄にて楽しみながら地元の少年達が多数参加しておりましたが、最近は私の子供達と地元出身の方のお孫さんが主にもなってきております。 当地区に昔から伝わる伝承行事、別当さんや福泉寺にて伝えられて今日に至ってはおりますが、将来はどうなるのだろう・・と少し心配もしております。こういった伝承行事、私も含め、皆でなくさないよう取り組んでいかなければならないと思うところです。 |
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午後1時との案内でもあり、私は早めの午後12時30分に会場入り、当番である今年の役員さんとその家族の方々数名が既に来ており受付をしておられました。 三々五々、地域の皆様が集まりだし、福泉寺住職が会場入りするとすぐ読経がはじまり、祭礼がはじまりました。 |
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読経も終了、上座には大沢不動の別当さん、福泉寺住職さん、当番役員3名、計六名が席に着くと別当さんの音頭で乾杯、上下両駒木地区の懇親会がはじまりましたが、普段あまり付き合いのない先輩方と若干話す機会でもあり、地域の流れ的な事柄を感じるには絶好の場でもありました。 午後3時過ぎ、流れ解散となりましたが、噂では数人一升瓶を数本立てて夕方まで飲み続ける豪傑もいると聞き及んでましたが今年は皆早々に撤退となりました。お盆入りの13日ということもあり公私共に忙しかったと思われます。 |