愛宕大権現宵宮(2004)
真言宗豊山派壇信徒研修
愛宕大権現宵宮
(2004)
平成16年7月17日(土)
久しぶりに扉が開け放たれた愛宕堂と内部にて手を合わせる末娘
平成16年7月17日(土)夕方、毎年恒例となっている我家で別当を務める福泉寺境内にある愛宕大権現の宵宮が執り行われました。
旧暦6月24日が本来の祭礼日ではありますが、その年によって8月のお盆近くになったり福泉寺の都合と共に我家でも日程の調整が必要だったりと決められた日の開催は難しいこともあって双方の話し合いで7月中頃〜末の土曜日と決め、今年は17日の開催となりました。
亡き親父の跡を受けて別当となって3年、一年目は夏らしいといいますか、幼い頃からの宵宮のイメージ、蝉時雨が響きわたる雰囲気の中での宵宮が開催できましたが、昨年は雨模様、しかも肌寒い気候の中で、さらに別当である私が遅刻するといった大失態をしでかしてしまいましたが、今年も雨模様ながら蝉時雨も聞くことができ、記憶の中での宵宮に近いものの・・・なな・・ななんと今年も遅刻といいますか、宵宮自体に参加できない大失態となってしまいました。2年連続でのこの失態、別当としての資質を疑われる行為ですが、いつもの時間(夕方5時30分頃)に間に合うように末娘と共に料理、酒類をもって福泉寺に行き、荷物を置いた後、愛宕堂に行ったのですが、既にお堂でのお勤めが終了した後で、今年はいつもより早く住職さんのお勤めが行われたということで、私含み、我家、そして近所のはやちね食堂のご夫妻も参加できず、個々にお参りといった感じで手を合わせてきた内容です。
結局、別当とはいえ私が中心となってお勤めするわけでもなく、住職さんあっての宵宮祭礼でもあり、もっと早く行かなかった私の失態であるのは間違いないものでもあります。せめてもの救いが私の伯母が我一族を代表して住職さんと共にお経をあげたというこで若干の体面は果したと考えているてころです。
また今年は、我家からは長女、長男が学校行事等の関係で参加しておらず、少し寂しい内容でもあります。
個々にお堂にお参りすると福泉寺庫裏にいつものメンバーが集まりだし、私の母が最後のお参りとなり御神酒を下げ、お堂の扉を閉めて、いよいよ持ち寄った料理で懇親会のはじまりです。
最初の方は、先日行われた真言宗豊山派の壇信徒研修会の話で盛り上がり、来年は福泉寺でも檀家を募り団体で参加しようということでまとまり、後半は、我家の伝説「松虫・鈴虫伝説」と共に我家と福泉寺との関り、数代前のお家騒動、そして現在もひきずる問題等の話となりました。
いずれにしても菩提寺福泉寺と共に我家は一定期間の歴史を共有してきたのだな・・と実感させられる懇親会でもありました。
夕方6時から開始の懇親会は夜9時半にて終了、いつもより中身の濃い話を聞くことができたことは私にとっては良い宵宮でした・・・。
真言宗豊山派東北宗務支所
第十回 壇信徒研修会
平成16年(2004)7月9日(金)
於 岩手県遠野市・・・法門山福泉寺
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| 壇信徒研修が行われた福泉寺護摩堂・客殿の内部。 |
真言宗豊山派東北宗務支所主催の壇信徒研修会は、第10回目を数えるそうです。
東北とはいっても主に北東北の豊山派寺院が対象とされ、青森、秋田、岩手、宮城の各県の持ち回りで毎年この時期(夏)に開催される恒例行事ということですが、岩手県での開催は初であり、また福泉寺の壇信徒の参加も初ということです。
例年は、福泉寺住職或いは副住職がひとりで参加していたそうですが、今年は岩手県での開催を示唆され、是非、遠野の福泉寺を会場にとの要望があったとのことですが、以前にも同様の要請を懇願されたときには檀家が極端に少ない(60戸、寺との往来は40戸余り)ということで開催地として形がとれないとの理由でお断りしていたという経過もあったそうですが、最近は青森県内での開催が多く、是非とも岩手県との要請もあり、その岩手県内でも歴史は浅いが東北では有名な寺院でもあり、多数の参加者を収容できる施設を有する福泉寺に白羽の矢が立てられ住職も了承、住職より檀家の方々への協力と参加要請を受けて檀家も承諾したことにより、平成16年7月9日、東北各地の豊山派寺院の壇信徒約200名の参加で壇信徒研修会が開催されました。
南は宮城県、北は青森県、東北4県から真言宗豊山派寺院、対象13寺院。実際は9ヶ寺約200名の参加。(例年は70名前後)
まずは参加された各寺院の住職さんが前に出られ、参加者にて般若心経と光明真言の大読経で研修会の幕が開きました。
大読経も終りますと、本日の主題、本山特派布教師であられる、鈴木暁仁僧正の法話がはじまりました。
最前列は各寺院の住職様方
福泉寺住職、尻石正全師を中央にご本尊である不動明王に読経
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講師先生・本山特派布教師 鈴木暁仁僧正
茨城県つくば市 筑波山一乗院住職 |
講師先生「宗教は何故必要か、信仰とは何故必要か」の問いかけに始まりましたが、私は漠然ながら「心の拠り所」と心の中でつぶやいておりました。先生の答えは「心のやすらぎ」でしたが、自分の考えと内容的には同じと解釈、おそらく多くの方々もほぼ同じ考えを脳裏に思い浮かべたものと思います。
法話の内容は宗教色を濃く伝えるものではございませんでしたが、拙サイトが特定の宗教関連を紹介するサイトとの誤解を受けかねない事柄もありますので、法話の内容は割愛させていただきます。
鈴木僧正のお話は会場を爆笑の渦に巻き込むユーモアも織り交ぜ、また仏教宗派に特定した内容は少なく、仏教全般にわたる話で終始し、なかなか聞きやすい内容でした。何よりもその話術で参加者を魅了することしばしばで2時間近くの時間があっという間に過去りました。
鈴木先生の法話も終了。
福泉寺檀家の皆さんにより、すぐ懇親会の準備がなされ、参加者全員による懇親会が引き続き行われました。
同じ宗派の壇信徒同士での懇親を深めるには絶好の機会ではありますが、皆さん同地域から参加の方々同士でかたまってしまいなかなか親睦はとれない状況ではありましたが、それでも隣同士、向い同士の方々と語らぐ有意義な懇親会ではなかったでしょうか?
遠くから参加された方々は、各寺院の住職さん、檀家の方々の研修視察旅行、慰安旅行の意味合いもあるようで、ほとんどが観光バスを借り上げ、前日には岩手県入りをされたとかで花巻温泉、或いは三陸沿岸に宿泊され楽しまれたようです。
来年以降、福泉寺でも参加の方向で、各地の温泉宿にでも泊まりながら参加するといった提案もなされ、今回の研修会はたいへん意義のあるものでした。
今回は福泉寺檀家、約20戸約40名が参加いたしました。
| 寺 院 名 |
所 在 地 等 |
備 考 |
| 満蔵寺 |
宮城県仙台市若林区上飯田 |
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| 観音寺 |
秋田県横手市本町 |
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| 恵光院 |
青森県三戸郡南部町大向字長谷 |
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| 福善寺 |
青森県八戸市是川字白幡 |
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| 普賢院 |
青森県八戸市豊崎町上永福寺 |
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| 善照寺 |
青森県八戸市田面木字上田面木 |
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| 八戸教会 |
青森県八戸市常海町 |
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| 常楽寺 |
青森県むつ市大湊上町 |
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| 遍照寺 |
岩手県北上市二子町宿西 |
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| 光勝寺 |
岩手県稗貫郡石鳥谷町五大堂 |
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| 永福寺 |
岩手県盛岡市下米内 |
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| 長福院 |
岩手県盛岡市中の橋通り |
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| 福泉寺 |
岩手県遠野市松崎町駒木 |
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東北地域真言宗豊山派寺院一覧
真言宗豊山派は関東方面に多く、白河を越えての東北地方では上記の13ヶ寺のみとされております。
真言宗豊山派とは
延暦7年(804)、唐の都、長安に渡った弘法大師空海は真言密教の教えを授かり日本に帰国し真言宗を開宗。その教えは東寺や高野山を中心に広まりました。
同時期に帰国した最澄の天台宗は東日本各地に広がり、空海が興した真言宗は主に西日本に広がりをみせましたが、真言宗においては、弘法大師空海の教えを守り伝える平安末期に興教大師によって新たな教えが加えられると根来寺が創建され根来寺は隆盛を極めますが戦国時代の戦禍により多くの高僧達が根来寺を離れ、そのひとりに専誉僧正もおりました。
豊臣時代となると専誉僧正は豊臣秀吉の弟、豊臣秀長により大和国へ招かれ奈良の長谷寺に豊山派を興しました。豊山とは長谷寺の山号で以来長谷寺は真言宗豊山派の総本山でもあります。
後の江戸時代、徳川五代将軍綱吉公の母、桂昌院が江戸に護国寺を建立、以後護国寺は豊山派の東日本の拠点として末寺を増やし、豊山派大本山として機能しております。
真言宗豊山派は現在全国に3,000カ寺、僧侶約5,000人、壇信徒200万人といわれております。